2020年8月23日日曜日

バス映画!?「狂った野獣」1976年東映、中島貞夫監督

 

「狂った野獣」
1976年東映、中島貞夫監督による、バスジャックとカーアクションをメインに据えた映画。
うーん、バスのことが大好きなみなさまの中には、バスが破壊される映画には、嫌悪感を示す方もいるのかもしれませんが、ボクはバスマニアとして、大暴走しても、破壊されても、バスが、ちょっとでも出演する映画は、興味を持っています。
そして、この「狂った野獣」は、1994年のアメリカ映画「スピード」並みに、バスを主役にした、隠れた名作だと思います。
バスマニア的なお話をさせていただくと、バスは、日産ディーゼル4R系。

正にこの時代のバスを代表するような形式で、全国的に見られた標準型。
窓がいわゆる「バス窓」車ではあるが、ヘッドライトが4灯であるため、それほど古いバスという違和感も感じられない。
年式を、調べてみました。
この形式は、ヘッドライトが2灯から4灯になったのが、1968年、そして1970年には、客窓が、いわゆる「バス窓」からユニットサッシに変更されたようである。
したがって、1968年式か、69年式あたりと思われる。
1976年の映画なので、バスは、7年落ちか、8年落ちなので、都市圏の新車を導入するバス会社からすれば、若干旧式になりますが、全国的にみれば、まだまだ同じ型のバスもたくさん活躍していたはず。
もったいないと言えば、もったいない破壊ですが、現役のバスに近い型のリアリティある破壊ともいえると思います。
ドアが、今は少なくなった前後扉なのも、当時の京都市営バスや京都バスと通じていて、リアルさが増しているかもしれません。
犯人役の片桐竜次さんが車内放送設備をぶっ壊しますが、バスの車内放送用カセットは、エンドレスタイプの専用カセット(8トラックカートリッジ)を、終点で運転手さんが入れ替えていたなぁ、と懐かしく思いました!

1976年、東映が、「日本でもカーアクション映画ができるか!?」という命題に、全力で答えた!?2本の映画の内の1本。
深作欣二監督の「暴走パニック大激突」については、小学校のころ最初に観ていたのですが、この「狂った野獣」については、今まで全くノーマークでした!!
こんなに「バス」メインの映画なのに!!
いやぁ、バスマニアとして不覚!!!!

アメリカでは、1969年「イージー・ライダー」、1971年「バニシングポイント」、1974年には、「バニシング in 60"」という、バイク、車を主役とした映画がヒット。
1975年には、東映でも「トラック野郎 御意見無用」が空前の大ヒットとなる。
それに気を良くした、東映の岡田社長が、「ハリウッドに負けないカーアクション映画を作れ!!」と深作欣二監督に無茶振りしたのが、「暴走パニック大激突」

いやぁ、「暴走パニック大激突」については、改めて感想を書きたいと思っておりますので、ここでは、簡単に感想を述べさせていただくに留めますが・・・
ボクが、きっかけは忘れましたが、最初に「暴走パニック大激突」を目にした、小学校のころ、その頃はまだ、深作欣二監督が、あの「仁義なき戦い」等々の名作を作った名監督とは知らなかったです。
その後も、中学校、高校・・・何となくストレスがたまると、ビデオに録画した「暴走パニック大激突」を何度も観てきました。
後半のカーアクションシーン!
宣伝文句は「激突車30台、炎上車20台、登場車200台」・・・いやいや、そんなに登場しないだろ!!笑
しかし、ヒステリックにとりあえず出演した車は、走行不能になるまで、丁寧に!?ぶっ壊す映画で、ストレス解消にはなります。
うーん、しかし、映画のストーリー、人間物語としては・・・ホントに深作監督自身がパニックになっているんじゃないかと思うような・・・前半、様々な人間ドラマが、これでもか!と、てんこ盛りに盛り込まれながら、全て唐突に、カーアクション、カースタントで大混乱のまま終わっていく映画!?
もう、何度も見ているから、ボクとしては嫌いじゃないのですが(むしろ好きなのですが)誉め言葉も含めて、「ヒドイ映画です!!」

それと比較して、この「狂った野獣」は、Wikipediaによると、かなり予算を削られたようで、映画用に購入された車両は、中古のバス1台とパトカー8台だけだったそうです。
しかし、予算を削られて、「バス」に的を絞らざるを得なくなったことで、「暴走パニック大激突」のように大風呂敷を広げ過ぎることもなく、コンパクトにまとまった良い作品になったのでは?と思いました。

乗り合わせた乗客の偶然性による面白さや、癖があって個性が強いながらも、「乗客それぞれが、実際にいそうな、人間社会の縮図、デフォルメ」みたいなところが、「バスの中」という閉鎖空間のために、散漫にならないで、面白さが増したと思います。

「The 関西のおばちゃん」!ともいうべき、強気で自分勝手なおばちゃん、存在感たっぷりな、橘麻紀さん演じる女(ニワトリを抱きながら放心する姿、最高!!)、不倫男女、訳アリのチンドン屋一行に、金に目の無いおっさん、老人、小学生(その親は、エゴの塊で、警察を振り回す)。
みんな最後には、渡瀬恒彦の盗んだ宝石に群がる、まさに社会の縮図!!

そして何より、銀行強盗にも失敗して、バスジャックしたものの、癖の強い乗客の勢いに抵抗され、自分のやったことが怖くなって、どんどん気弱にトーンダウンしていく川谷拓三さんが、本当に見事なハマリ役!!
感情移入し過ぎちゃって、拓さんが最後に狙撃されてしまうのが、かわいそうになってくるもの。。。

渡瀬恒彦さんは、この映画のために大型免許を取得して、ノースタントでバイクからバスに飛び乗るわ、最後にはバスを横転させちゃうわ、ハッスルしまくり!!
東映ピラニア軍団の拓さんと片桐竜次さんは、バス横転シーンで、顔も写らないのに、渡瀬さんの運転するバスに乗り込んだという笑

ガラスが割れた窓越しに、渡瀬さん本人の運転がバッチリ映っています!!

あ、「暴走パニック大激突」でも、渡瀬さんがノースタントで運転しているのを見せたいから、渡瀬さんの車の運転席側のドアが外れたのね!!と、今更ながら納得!笑

ストーリーもテンポよく、無駄のない、バスをふんだんに映したバスジャック映画!
バス好きのみなさまにも是非おススメの映画ですwww

2020年7月16日木曜日

函嶺自動車交通さんとの出会い~あなたはまだバスを持っていないのですか?~

 三菱エアロスターのつぶらな瞳がかわいい!!
2020年7月12日、中央線某駅前ロータリーに、1台の白いバスが・・・
有志数名で、三菱エアロスターワンステップ、MP35JKを自己所有された「函嶺自動車交通」さんの「自家用バス」です。

乗り込むと、整理券箱、運賃箱はまだ取り付けられていないものの、当然ながら、社内は路線バス!
ワンステップ車なので、左最前列、通称「バスオタ席」に座らせてもらうと、
「どこに行きましょうか?」
路線バスに乗り込んで、「どこに行きますか?」と聞かれる違和感www

とりあえず、今日は近隣をドライブしてもらう。
元は、箱根登山バスの車両を、仲間でお金を出し合って、中古として購入した車両。
ハイバックの2シートが並ぶ社内は、ほぼ原形のまま。
後付けで、シートベルトも装着してあるので、高速道路走行も可能だ。
所有するために、大型免許も取得したという。

ボクは、自分の結婚式で、岡電バスの路線バスを貸し切る程度には、バスマニアなのだが、「まだ、バスは持っていないのですか?」と質問されたときには、笑ってしまったが、本気で、「ボクは何故、まだ、バスを持っていないのだろう?」と、自分に問いただしてしまった。笑
トラック用の洗車機で、洗車をする。

車中、バス談義に花が咲く。
趣味を極めた人は、決して、競ったり、比較したりしない。
「好き」を極めれば極めるほど、そこにはそれぞれに個性が出て、専門分野ができてくることを自分たちが体感して知っているのだ。

改めて、ボクも、自己紹介のお話をさせていただく。
岡山電気軌道、岡電バスで通学していた頃にルーツ、多数のバス会社が共存?競合?する岡山の特徴や、岡電も車体は西日本車体工業(西工)だが、シャーシーは、三菱ふそうであり、両備バスも、宇野バスも、やはり三菱が主体だった。
横浜に移住後、就職したCATV局で、横浜市金沢区、栄区、戸塚区の、京急バス、江ノ電バス、横浜市営バスの車窓をひたすら流す番組「路線バス百景」にちょっとだけ携わったりしたこと、そして、今、改めて、自分の地元を見直して、神奈中バス伊勢原営業所を掘り下げているお話などをさせていただいた。

函嶺自動車交通さんは、方向幕(現在はLEDを装着)や、社内放送設備、整理券装置、運賃箱などを復元して、できるだけ「路線バス」としての原形を大切にしながら、いろいろなイベントやツアーなどに参加したいとのこと。
バスを購入するにあたって、形式が、三菱エアロスターであるということは、当初からメンバーの中に異論は無く、三菱ふそう好きなボクとしても、非常にうれしい限りだwww
そうやって、お互いに、個性を認めながら、共通項では、大いに盛り上がる、本当に楽しい道中だった。

もちろん、バスの維持には困難もある。
費用面では、駐車場代と、車検が重くのしかかるとのこと。
ボクとしても、何か支援になるような企画を、是非とも考えていきたい。
箱根の山を登って鍛えていたためか、現在のところ、エンジンは非常に快調で、高速走行も問題ないとのこと笑
「なぜ、ボクはまだバスをもっていないのか?」
ボクとしても、本気で考える引き金を引かれた思いがする!!

函嶺自動車交通のみなさま、今回のご縁を作っていただいた、朋友細見さん、本当にありがとうございました!!
次回は何か企画を組んでお会いしたいと思います。
今後ともどうぞよろしくお願いします!!

2020年6月15日月曜日

アムステルダムの旋回橋


2000年3月、ボクは、オランダ、アムステルダムにいた。

アムステルダムで数泊した後、ドイツ南部の都市を回り、最後にベルリンで長期滞在する旅だった。
主な目的は、アムステルダム、ドイツのテクノクラブ巡りやクラシックコンサート等、音楽を味わうことだったが、鉄道マニアのボクにとっては、鉄道の旅も楽しみの一つだった。

アムステルダム中央駅のすぐ近くに、早速気になるものを見付けた。
本線から離れて、港に向かう、既に使われていない貨物線があり、運河にかかる橋が、「旋回橋」になっていたのだ。
「旋回橋」とは、川や運河に船を通すための可動橋の一種であり、橋がそのまま90度回転する。
ロンドン橋や、アルルの跳ね橋、日本の勝鬨橋などの「跳ね橋」タイプや、橋が上下動するものものは比較的多いが、旋回橋は日本では少ないタイプである。
日本においては、羽田可動橋や、天橋立の廻旋橋、鉄道では、既に固定化されているが、神戸の和田岬線の和田旋回橋くらいではないだろうか。




アムステルダムのものは、複線の線路が回転する、かなり大型のタイプで、橋脚の構造から、かなり古いもののようである。

日本では鉄道貨物輸送は、昭和末期に大幅に縮小されたが、ヨーロッパでも、日本ほどではないものの、鉄道貨物輸送は縮小傾向で、2000年の旅行でも、数々の貨物線廃線跡を目にした。
アムステルダムの港に向かう旋回橋も、2000年時点で既に使われている様子はなく、線路の先には、廃線が続いていた。


2000年時点で、ボクは、この旋回橋も、いつかは解体されてしまうものだと思っていた。

が、しかし!!ところがである!!

先日、2000年のアムステルダム旅行の写真をデータ化していて、ふと、この旋回橋のことが気になって、googlemapで調べてみた。
この矢印の位置であることが分かった。Copyright:google

旋回橋のあった位置に、レストランの記載がある。
「Restaurant Wolf Atelier」
WEBページもある。https://www.wolfatelier.nl/en

そして、さらにgoogleストリートビューをしてみると!!
なんと!!!
なんと!!驚いたことに、旋回橋をそのまま保存して、その旋回橋の上に、レストランを建てているではないか!!
なるほど!!こんな保存方法、活用法があったのか!!

ヨーロッパにおいて、古い建築物等の保存意識が高いことは、みなさまご承知のことと思う。
ボクも、鉄道マニアとして、特に鉄道貨物など、古いものが好きであり、その保存活動において、日本とヨーロッパを比較することが多々ある。
すると、特に、「産業遺産」の部分において、日本では、一部、保存されたものもあるが、まだまだ、保存意識が低いと言わざるを得ない。
特に近年においても、首都圏、都市部において、再開発の名の下に、解体された建築物の何と多いことか!!

この旋回橋は、オランダにおいても、保存にあたって、様々な問題点はあったのかもしれないし、日本に置き換えると、安全性や、耐震性など、さらに多くの問題点もクリアしなければならないのかもしれない。
しかしながら、経緯の詳細は判らないが、アムステルダム中央駅至近で、恐らく、世界的に見ても貴重な、可動橋に着目して、その形状を残す形でレストランにした、オランダの人々には、敬服し、称賛したいと思う。

約20年の時を経て、googleストリートビューを通してだが、まさか残っているとは思わなかった。是非とも再びアムステルダムを訪問することができたら、このレストランに行ってみたい。

2020年6月9日火曜日

神奈中バス 伊76系統愛甲石田行

今日のバス写活動。
地元の、神奈中バス 伊76系統、伊勢原駅北口発、愛甲石田行。
日中、ほぼ1時間に1本のローカルバスで、小田急線の北側、国道246号線との隙間の道を縫うように結ぶ、単距離路線です。
昔は、伊71系統として、伊勢原駅から本厚木駅まで結ぶ路線もあったそうですが、遅延が慢性化していたとか。

旧道で狭くなっている箇所で、少しノスタルジックでローカルな雰囲気を中望遠で狙ってみました。
粕谷下宿停留所で、黒板塀、古い雑貨屋「よろずや」の看板がポイント。
背後には大きく東海大学病院が入るのですが。

車両は、伊勢原営業所 社番い64 2010年式三菱エアロスター。






2020年5月23日土曜日

神奈中バス三菱エアロスター新旧など

神奈中バス(正確には神奈川中央交通西)伊勢原営業所 社番い3
2014年式三菱エアロスターワンステップ。
この顔のエアロスター(MP35系)としては、最終期にあたると思われます。
前面左下(正面に向かって右下)には、エアロスター標準のセーフティウィンドウ。
とうとう、神奈中オリジナルの運賃支払い方式表示を止めてしまったのですね。

こちらは、新型エアロスター、伊勢原営業所 社番い60、い61の並び。
2016年式三菱エアロスターノンステップ。
この後、左端に日野ブルーリボンが並びました。
伊勢原営業所 社番い14。
2008年式日野ブルーリボンです。
更に端っこに、いすずエルガの中型(エルガミオ?)も写っておりますが(おそらく、ナンバー「1983」社番い111 2016年式エルガミオ)なんだか、三菱も日野もいすずも、ライトの造形が似てきちゃったと思いませんか?
ボクとしては、MP35系エアロスターの端正な顔が好きだったのですが・・・
ちなみに背景には、蔦がからまる、堂々たる伊勢原の古城、アサヒショッピングセンター。
最近まで、魚屋さんが残っていましたが、ついに取り壊されて、再開発のため空き地となり、暫定的な利用として、神奈中バスの転回、駐泊場所になっております。

2020年5月21日木曜日

神奈中バス「い55」2009年型エアロスター

伊勢原の古城!?
伊勢原駅北口、蔦が絡まり、堂々たる貫禄の「アサヒショッピングセンター」の前。
伊勢原駅北口再開発までの暫定的な空き地利用で、神奈中バスの折り返しと駐泊スペースがあります。
神奈中バス伊勢原営業所、社番「い55」2009年型三菱エアロスター。
(ナンバー1350)
窓枠が黒になったタイプ。
神奈中の窓枠黒タイプのエアロスターは、ノンステップもありますが、
伊勢原営業所では、基本的にワンステップなようです。
ヤバい、だんだん神奈中バスにハマってきた!
#神奈中バス
#エアロスター
#バス
#バスマニア
#ムーニー人生劇場

2020年5月9日土曜日

岡電にもいた!正面窓下方向幕の路線バス

岡電バスの廃車体である。撮影は1998年頃。
詳細な場所は伏せるが、岡山から北へ進む国道沿いの比較的目立つ場所に、長年放置されていたので、ご存じの方も多いかもしれない。
岡電バスといえば、西工のカマボコが有名だが、この車両のような、観光バス格下げ車を思わせる、前面窓下方向幕、メトロ窓の車両も少数ながらあった。
ボクも幼少時代、何度か乗車した記憶がある。
当時、岡電バスは、「岡電観光バス」も運営していたから、観光格下げ車なのだろうか?(岡電バスは1998年に一旦貸切バス事業から撤退、その後、2003年に復活)
同じ両備グループの両備バスは、三菱B8型等の観光格下げ車を多数運行していたのだが、岡電は少数派であった。
両備バスの観光格下げ車については、やんたけさんが、雑誌「高速有鉛」にてたくさん記載しております!
http://neoclassic.jp/index59.html

貴重な写真で、「左官屋さんの別部屋」さんの記事の中に、「西工41MCボディ架装の三菱ふそうB806N」廃車体の写真が掲載されている。
https://music.ap.teacup.com/sakanya/603.html
「左官屋さんの別部屋」さんの写真は、方向幕が大型化されていないので、貸切仕様のまま、廃車になったのであろうか?
 後ろから見ると、テールライトの形状から、やはり車体は西工(西日本車体工業)か?
 見え辛いが、ドアは前と中央にある。
(隣の三菱T951系のトラックも今となっては非常に貴重だが、これ以上敷地内に踏み入れることは避けた)
この後、岡電では、1983年に、前後扉、メトロ窓の西工路線車両を導入している。
推測だが、岡電バスには、簡易的な貸切の需要がある程度あったので、路線と貸切の両方に使用可能なバスを導入する実績があったのではないだろうか?
(かく言うボクも、小学校のころ、近距離の遠足で、岡電の路線バスを貸し切った記憶がある)

※オマケ!!
同じ敷地内にあった、日産キャブオールの高所作業車。
昔、トミカで持っていた、おなじみの車両でしたが、実物は既に希少な型でした。

2020年5月7日木曜日

神奈中バス「い85」「い86」並び

神奈中バス伊勢原営業所、社番「い85」「い86」三菱エアロスター2007年式の並び。
(ナンバー1103、1105)
ボクとしては、エアロスターワンステップの、この顔が一番バランスが取れていて好きです。
窓枠が銀色のタイプは、退役が進んで、だんだん少なくなってきました。

最近、神奈中バス伊勢原営業所所属車両から少しずつ勉強中!

#神奈中バス
#神奈中
#バスマニア
#エアロスター
#ムーニー人生劇場

2020年4月29日水曜日

最後の石炭列車ホキ10000終焉~その2~

2019年5月30日扇町駅を出発するホキ10000形貨物列車の動画です。

前回のBLOGの続きになりますが、川崎市の鶴見線扇町から、埼玉県秩父鉄道三ヶ尻駅までの石炭輸送廃止のニュースは、ボクにとって、非常にショックでした。
本当に、鉄道貨物マニアであることを、止めてしまおうかと思うくらい、ショックでした。
廃止になるとは思ってもいなかった、2019年5月30日の訪問が最後になりました。
返送空車を牽いて扇町に到着。今日は、防音仕様のDE112002号機牽引です。


扇町駅のさきにある、三井埠頭専用線内での入換シーン。
石炭を積んだ列車の先頭に立ち出発です。

動画を撮影した、鶴見線昭和駅踏切を通過。

迫力ある、黒いホキ10000形。
昔ながらの力強い貨物列車の魅力を伝える列車でした。
この編成が、毎日、首都圏を縦断していたのです。