2018年4月3日火曜日

DE10 1005の思い出

鉄道模型のお話です。
MICRO ACE(マイクロエース)DE10-1005。
またまた個人的なお話で恐縮ですが、お嫁入りが決まりました!
「え?DE10を手放しちゃうの?」と思った方、そうです、ボクは国鉄型が大好き。DE10大好きなのです。
最初に購入したのはTOMIXだったでしょうか。。。その後、TOMIX製を追加で1台、KATOの旧製品を2台、そしてKATOのリニューアル品暖地型を1台、そしてこのMICRO ACE製を1台・・・
気が付けば、合計6台のDE10を購入していました。。。
MICRO ACEのDE10は、車番1005号車。実物は盛岡から高松機関区、最後は神岡鉄道で生涯を終えましたので、この写真のように50系を牽いたことはないかもしれません。
しかし、最後の華向けに、客車を牽かせてみました。 
MICRO ACEの製品は、解放テコもモールドされていて、非常に完成度の高いモデルだったと思います。ありがとう!!


2018年4月1日日曜日

バス停「北浦渡船場」

岡電バス、バス停「北浦渡船場」。
岡山に帰った際、現在の「北浦渡船場」バス停の写真を撮ってきました。
先日のブログ「福島・中央市場線 午後回り最終日」でも触れましたが、岡山臨港鉄道「岡山港」駅の近くにあり、「渡船場」とは、児島湾の締切堤防完成以前に岡山港から児島湾を渡る船が出航していた港の証。
「北浦」は、岡山港を挟んで児島湾の対岸の地名であります。
背後に写る山は、児島湾の対岸にある金甲山です。

写真家、柴田秀一郎さんの「バス停留所」という名写真集があります。
なんでもない日常風景の中に、1本のバス停が立っているだけで、そこから人間の温かみ、ドラマが見えてくる、すばらしい写真集です。

何となく、岡電バス「北浦渡船場」も、寂れた港の、荒涼とした風景の中にポツンと傾いて立つバス停ですが、その歴史を刻むバス停名と共に、何となく絵になるバス停、と思うのは、ボクだけでしょうか??
「北浦渡船場」正面からだとこんな感じ。
反対方向を望む。


ちなみに、昔は岡山港の工場への通勤路線、更に昔は、小豆島フェリー航路の連絡路線、そして更に昔、岡山臨港鉄道と共に、児島湾岸への渡船の連絡路線であった11系統「福島・中央市場」行も今や朝夕5本のみ!!(土日運休!!)
「北浦渡船場」での乗降客は、一日何人あるのでしょうか??
背景にあった岡山港湾運送のいすゞ「ギガ」と「810型」(写真左端と左から3番目)のダンプトラックを。「810型」も1994年にギガに移行しているので、もう20年になるのですね。
岡電バス「北浦渡船場」バス停のお話でした。

2018年3月31日土曜日

TOMIX 富士重工LE-CARⅡの思い出

鉄道模型のお話です。
我が家にあった、TOMIX製品で、今は絶版となっている富士重工LE-CARⅡがオークションで落札され、めでたくお嫁に行くことが決まりました。
実車は、国鉄分割民営化前に、赤字ローカル線(地方特定交通線と呼ばれました)を第三セクターとして転換する際に、出来るだけ車両の運用コストを抑えるべく、いわゆる「レールバス」として開発された車両です。
ボクがこの「富士重工LE-CARⅡ」を購入したのは、小学校6年生の頃。岡山の、今も人形店として存在するらしいですが、「岡杉商店」岡南店の鉄道模型売り場閉店セールでした。
ボクが鉄道模型を始めた頃、岡山市内で鉄道模型を扱っていたのは、高島屋岡山店、天満屋、山陽模型店、そして何故か中鉄ストアー、そして、この「岡杉商店」の表町店と岡南店くらいでした。
高島屋岡山店には、ボクが幼稚園に行く前、おそらく3歳くらいの頃まで、立派なNゲージのレイアウトが広がっていました。ボクの鉄道模型に対する原体験が作られたといっても過言はありませんw
天満屋岡山店の鉄道模型売り場は、レイアウトこそありませんでしたが、担当店員さんは、非常に鉄道模型に詳しく、確かボクが初めて鉄道模型を購入したのは天満屋だったと思います。その後も鉄道模型の手入れ方法等、詳しく教えてもらった記憶があります。
「岡杉商店」は、表町店、岡南店含め、岡山市内の同世代の人なら、何かしらおもちゃかプラモデルを購入した思い出があるハズ!!トイザらスが出来る前の、プラモデル黄金時代のおもちゃ屋でした。
「岡杉商店」の岡南店は、我が家から近かったこともあり、おもちゃやプラモデルをさんざん購入しました。「オカスギに行きたい!!」と言って親を困らせたことも数知れず・・・。
プラモデルや鉄道模型もファミコンをはじめとするゲームに押され、(確かトイザらス岡山店が出来たのはその後だったと思いますが)「岡杉商店」もプラモデルと鉄道模型から撤退する!!そんな閉店セールで、「何か買わねば!!??」と思って、この富士重工LE-CARⅡを購入したのを、今でも覚えています。
そして、購入した後、「嗚呼!!ホントはそんなに欲しくないものを購入しちゃった!?」と後悔したのを覚えています。。。
そうです。ボクは当時から国鉄(JR)の車両が好きであり、実はあまり「富士重工LE-CARⅡ」は欲しい対象では無かったのでした。。。
鉄道模型の動力車は、ファミコンのカセット1個分くらいの値段。当時のボクにとっては大金でした。。。
その後、TOMIXではこの「富士重工LE-CARⅡ」は、絶版となりました。
実は一度、この「富士重工LE-CARⅡ」を某中古鉄道模型店に売ろうとしたことがありました。その時、「買取金額500円!!!」と言われました。
今思うと、その時売らなくてよかった。

購入時に後悔し、その後、ほぼ走らせることもしないで、ずっと棚の奥にしまっておいた「富士重工LE-CARⅡ」にそこそこのお値段が付き、めでたくお嫁に行くことになりました。
最後に、記念写真をブログに一枚上げて、送り出します。ありがとう。
長文失礼しました。「富士重工LE-CARⅡ」への個人的な思い出でした。そして、岡山の人にしかわからない話題でした。。。

2018年3月30日金曜日

EF65

思えば、EF65が好きで好きで、思い返すと4歳くらいから絵に描いていたから、もう36年くらい好きなのです。
まだ現役でいることに感謝。
ふとEF65への愛を描いてみたくなりました。
ボクの中で、「EF65くらい好き!」なんて言えるものが、いくつあるのでしょうか???
写真は2014年10月26日ELみなかみEF65-501を、横浜駅自宅周辺で撮影したものです。

2018年2月18日日曜日

岡電バス 住吉宮線

岡電バスのローカル路線に目覚めるきっかけとなった、系統番号91番「住吉宮」線。
秋の黄金色の田んぼと旭川の土手を走る写真です。
終点の住吉宮は、ボクの家からもギリギリ徒歩圏内で、小学校の頃、学区外ながらも何度か住吉宮の祭りには出店を求めて遊びに行ったこともあります。
天満屋から、市街地を走るのですが、そのルートは大通りを避けるかのような狭隘路線、岡山表町の古い映画館街「千日前」の裏通りを経由し、一旦岡南営業所で大通りに出ますが、その後、旭川の土手まで、車とすれ違うのにも苦労する路線。
旭川の土手に出た後は、「岡山製紙」の工場の脇を通り、風景は開けますが、終点まで土手沿いののんびりした光景が広がっています。
エアロミディMK ナンバー32-97番 社番907号車 908号車(修正いただきました)。

別の日、夏空の下を走る、上り天満屋行。ナンバー32-99番 社番909号車 910号車(修正いただきました)。
写真に写る旭川に船が係留されていますが、これは、不法係留の船。今は一掃されましたが、当時は当然のように、たくさん係留されていました。
もう一枚、春の咲き乱れる菜の花と共に。菜の花がバスにかかっちゃいましたが、住吉宮行。ナンバー32-99番 社番909号車 910号車(修正いただきました)。
一日5往復か6往復だったと記憶しています。
こののんびりした空気を感じたくて、何度か乗りましたが、この住吉宮線も1999年に休止→廃止となってしまいました。。。

2018年2月17日土曜日

岡電バス 神道山線

岡山のバスが揺れている。

両備HDがバス31路線廃止届 背景に過当競争 状況次第で撤回も

緊急発表 (平成30年2月8日午前) 
全国の地域公共交通を守るために、敢えて問題提起として赤字路線廃止届を出しました。

今回の岡電バスの廃止届の中に気になる路線があった。
「神道山」(しんどうざん)線である。
現在の神道山線は、岡山駅西口を起点として、途中まで尾上線と共通路線として運行、平日2往復のみ!土休日4往復のみが神道山に乗り入れるようである。
実は、この神道山線、1999年まで、NTT前を起点として運行される路線で、1999年に一旦休止となった路線であった。
(参考にさせて頂いたのはこちらのページ)さよなら 神道山線&住吉宮線

トップの写真は、1996年ごろ、終点「神道山」にて。エアロミディMK 32-98番、社番909号車。
高島屋の袋を持ったおばあさんが降りてきているから、ボク以外にも終点まで乗る人がいたことがわかる。当時は恐らく5往復くらいあったと思うが、次にブログに書こうと思っている住吉宮線と記憶がごっちゃになっているかもしれない。

とにかく当時から、岡電バスの中でも本数が少なく、中型バス「三菱ふそうエアロミディ」専用で運行される狭隘路線を通る「ローカルバス」であった。
今でもローカルバスは好きだ。しかし、ローカルバスは鉄道ローカル線以上に乗り難い。何しろ本数は少ないし、1本逃せば、当然その他に交通機関は無い場合が多い。
岡山で、比較的安全に!?ローカルバスの雰囲気を味わえる路線が、この「神道山」線と「住吉宮」線であった。
田んぼの中の狭隘路線を走る、ローカル路線ぽい写真が撮りたくてこの写真を撮ったが、高校生の当時、この写真を撮った後、結局ここからひたすらこのバス路線を徒歩で戻ったのを覚えている。。。

2018年1月4日木曜日

福島・中央市場線 午後回り最終日

2018年、新年あけましておめでとうございます!
今年もブログ浜鷹臨港鉄道は、誰も待っていないけれど、ボクが残さなきゃ、誰も残さない情報をモットーにゆるゆる更新して参ります!!
さて、2018年一発目の画像は、1993年9月、岡山電気軌道、通称岡電バスの西日本車体工業58MCの画像です。
窓が逆T字になった後期車両、ナンバー34-60番なので、社番916号車。
岡山臨港鉄道の最大のライバル、と言いますか、岡山臨港鉄道がずっと負けっぱなしだった、岡電バス旧11系統「福島・岡山港」線。現在の「福島・中央市場」「福島・築港元町」線です。
このブログの一つのテーマが岡山臨港鉄道なのですが、まぁ、ボクの最寄り路線であり、通学等々毎日のように乗っていた路線であり、ボクを岡電バス好きに導いた路線ですのでご紹介します。
さて、中途半端に橋の欄干でバスが隠れたこの写真の何がスゴイかと言うと、現在の「福島・中央市場」線も、同じルートをたどるのですが、この写真と逆方向に回っているのです!!!
あと、この写真に1990年代まで残っていた、岡山臨港鉄道の8キロポストが写っていること。
これは、別日の「8キロポスト」写真です。
岡山臨港鉄道廃止後、通称11番川河口を渡る「臨港橋」の手前に、2000年頃まで残されていましたが、その話はまた別の機会にしましょう。

そうなのです。
1993年9月19日まで、岡電バス「福島・中央市場」線は、「平福小学校前」の停留所を出た後、「午前回り」「午後回り」で、午前は時計回り、午後は反時計回りの路線を回っていました。

旧11系統「福島・岡山港」線は、現在新岡山港から出ている、小豆島、土庄港へのフェリーが、旧岡山港から出ていた頃の連絡バスとしての使命を帯びた路線でした。
「午後回り」ナンバー35-95番なので、社番927号車、岡山港での写真。
この車両も窓が逆T字になった後期車両、トミーテックからモデル化されたお馴染みの車両ですねw
実は、この写真に写る道路の凹みも、岡山臨港鉄道の中央市場に至る線路跡なのです!!!
その昔には、旧系統番号10番「特急岡山港」行バスなども運行されていました。
そして、岡山臨港鉄道がそうであったように、岡山駅から岡山港にあるクラレ、同和鉱業等の工場への通勤路線でもありました。
「午前回り」「午後回り」を設定することで、午前は岡山駅→クラレ方面の通勤客を速達しつつ、ベッドタウン化しつつあった岡南元町・千鳥町の客を岡山駅に速達することができたのでした。(ボクもそんな恩恵に与った通学客でした)

1993年9月20日、

(1)小豆島行きフェリーが新岡山港発着になったこと

(2)マイカーの普及により、岡山港への通勤客輸送の使命が薄くなったこと

(3)そして、最も大きな要因として、岡南大橋の開通により、岡山循環線の一部県道45号線が開通したこと

により、「福島・中央市場」線は、短絡線である「福島・築港元町線」を開設し、「午前回り」の回り方のみとなり、現在に至ります。

更に申し上げると、現在でも写真付近の停留所名が、「北浦渡船場」なのですが、これは、児島湾の締切堤防完成以前に岡山港から児島湾を渡る船が出航していた港の証。
岡山臨港鉄道でさえ、1973年には、児島湾渡船場連絡駅「岡山港」駅を廃止したにもかかわらず、現在も「北浦渡船場」の停留所名が残っているのはすごいことと思います。
こちらは、ボクの家の最寄りだった「千鳥町」バス停。
今は廃止された「午後回り」バス停です。
系統番号10番「福島・築港元町」開設のお知らせと新時刻表。
ラッシュ時間帯の7時台に8本の設定が、通勤路線としての需要の多さを物語っています。
確か、築港元町線開設前まで、午前中に1本、乗ったことはありませんが、「岡山駅→クラレ直行便」が1本残っていたような。。。
こちらの写真は、最終日の9月19日、平福小学校前バス停から、旧南警察署前、現在の三浜町バス停に回ってくる、午後回り便。
現在の路線図を見て、「南警察署前」が「三浜町」に変わったことを知りました。
てか、ボクの乗っていた頃から南警察署はとっくに現在の位置に移転していたのですが。
西工58MCナンバー29-94、社番886号車。
同じく最終日、午後回り便の止まる、千鳥町バス停。西工58MCナンバー29-07だから、社番878号車です。
さらにこの頃のボクは、午後回り最終便の姿を捉えていますwww
福吉町バス停付近、西工58MC番号不明「岡南営業所」行、午後回り最終バスですwww
午後10時33分!
当時ボクは中学生。
中学生としては、とても遅い時間に、闇夜で寂しくバスを待っていたことを、今でも記憶しています。

ということで、今回は、岡電バスの話題でした!!
今年もよろしくお願いします!