2014年3月15日土曜日

さようなら!!「あけぼの」

「あけぼの」最終日。
と言いながら、鉄道模型の写真ですいません。

2014年3月14日、ブルートレインがまた一つ消えました。

ボクがはじめて乗ったのは、ブルートレイン「瀬戸」。
1997年、大学受験で東京に来たとき乗車しました。
列車は高松~東京ですが、ボクは実家の岡山~東京間で乗車。
EF65+24系25型、特徴あるラウンジカーが連結された編成でした。
何度かブルートレイン「瀬戸」には乗車しましたが、その後、1998年に「瀬戸」は285系電車化されました。

「あさかぜ」
「瀬戸」以外のブルートレインで、かなり乗りやすい時間に岡山発着のため、帰省の際にたまに乗っていました。
2004年1月3日こちらも帰省の際に乗車。
「あさかぜ」は2005年3月廃止になりました。

「出雲」
2004年11月乗車。
伯備線経由の「サンライズ出雲」が出来た後も山陰線経由で残っていたブルートレイン。
ディーゼル機関車DD51に牽かれて、ローカルな山陰本線をトコトコ(ノロノロ?)走る、とても素晴らしい列車でした。
この頃既に「出雲」の食堂車は営業しておらず、休憩室?ラウンジカー?代わりに人のいないオシ24が連結されていました・・・。 

「さくら」。
由緒正しき名列車ですが、九州行きブルートレインは、岡山通過が深夜なのでなかなか乗れず、結局廃止の噂が流れてからの送別乗車になりました。すでに「はやぶさ」と併結になった後です。門司にて。
2006年2月乗車。2006年3月廃止・・・。

急行「銀河」
ブルートレインを牽くために生まれてきたと言ってよいEF65PF最後の定期ブルートレイン。
いや、寝台急行だからブルートレインと言っちゃだめかなwww?
2008年3月13日乗車、2008年3月15日廃止。

「ふじ」「はやぶさ」
最後の九州ブルートレインになるとは思ってもいませんでした。
2009年3月乗車、同月廃止。

「北陸」
北陸新幹線が完成するまでは走り続けてくれると思っていたのに・・・
2010年2月乗車、2010年3月廃止。

そう、「あかつき」「なは」その後の「日本海」など、大阪発のブルートレインは全く乗れないまま、廃止になってしまった。。。

今回、仕事やら何やら・・・「あけぼの」にも乗れずじまい・・・

さようなら、「あけぼの」・・・





2014年3月4日火曜日

ヨヨヨ!

八王子、ヨが2両着いてました。
ヨとは、「しゃしょう(車掌)」の、「よ」!
ひと昔前、貨物列車の最後尾には、必ず車掌車「ヨ」がくっついていました。
今、車掌車の連結は、省略され、重量物輸送や、甲種回送等の一部列車のみ車掌車がつきます。
今日は、恐らく何かの特別列車の為の送り込み回送でしょうか!?ヨ8642、ヨ8925の2両が、タキ43000系石油輸送列車の後ろに付いていました。

2014年2月20日木曜日

横浜線E233系6000番台初乗車!

鉄ちゃんとしては、国鉄型205系がいなくなるのは寂しいのですが、通勤者としては、やはり、快適になるんだよなぁ。。。

車内に案内画面があるから、今どこにいるか、わかりやすい。
(特に横浜線は、似たような車窓が続くしwww)
車内が静か。
(205系の連結部は、なんであんなにうるさいの?)
車内が多少広い。
(通勤型も裾絞りが一般的になったなぁ。。。)
座席がちゃんと一人分に別れている。
(手摺もあるし。205系は、7人掛けで、7人座った時、狭いとき、広いときの差が。。。誰かの尻が大きすぎ!?)

2014年2月17日月曜日

八王子は、雪国

雪で週末の予定がボロボロでした。
山梨、長野等内陸部では、雪による甚大な被害を被っているようです。一刻も早い復旧をお祈りいたします。
また、雪の中で東急東横線の追突事故。
鉄道マニアとしても、信じられない事故で、先週の雪の中でもがんばっていた東急の姿を見ているだけに、とても胸が痛みました。

実は、土曜日午前中、JR東日本田端運転所で、ブルートレイン「あけぼの」ゆかりの機関車撮影会に参加する予定でしたが、見事に雪で中止・・・泣。
今回は、EF64、EF65、EF81の並びが見られると期待していただけに、ガックリでした。

横浜周辺は、道路の雪はかなり溶けましたが、八王子は、正に雪国!!
中央線の甲府付近が今も不通で、中央線貨物が立ち往生している状況です。
編成中に、日本オイルターミナルから、日本石油輸送に移籍した、タキ1000-12の姿が。
登場時のラインも矢羽根も無くなり、タキ43000かと見間違う質素な姿。
しかし、JOTと日本石油輸送って、お互い移籍しあって、どういう基準なんでしょうか??

2014年2月15日土曜日

岡山港県営上屋のこと(岡山臨港鉄道の話題) ~その4~

丸正製粉に引き込まれた岡山臨港鉄道側線は、岡山臨港鉄道倉庫に至り、そこで終わります。
しかし、空中写真を見ていて、ふと気が付きました。
国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省 昭和55年岡山より。

岡山臨港鉄道倉庫に至った線路のちょうど直線の延長線上に、岡山県営上屋があります。
しかも、東側の搬入口がちょうど直線の延長線上です。

ここからは、あくまでもボクの推測ですが、岡山県営上屋が建設された当時、岡山臨港鉄道の線路を岡山県営上屋まで延伸する計画があったのではないだろうか?

岡山県備前県民局岡山港管理事務所ホームページに「岡山港のあゆみ」というページがあります。
岡山港県営上屋は昭和42年~昭和45年にかけて建設されました。
ちなみに県での正式名称は「福島地区A~C棟上屋」というようです。

岡山県岡山港管理事務所ホームページ

実は、ボクの父親は、岡山県営上屋の建設時、電気設備工事に携わっていました。
しかも、若き日の父は、屋根上での作業中に出来立てホヤホヤのスレート屋根を踏み抜いて破ってしまう、という大失敗をしたそうです。
父が落下していたら、あわや大惨事、ボクもこの世に生まれていなかったという・・・。
そんな逸話があるので、ボクが岡山県営上屋について、ここまで熱く語っているのですがwww
岡山県営上屋「福島A棟」2007年撮影
左が東側で、岡山臨港鉄道倉庫からの直線上になる。

鉄道貨物は昭和39年頃に輸送量がピークでした。
県営上屋建設計画段階では、岡山臨港鉄道による貨物の輸送を想定していましたが、その後、鉄道貨物が衰退し、トラック輸送が主流となる中で、結果として線路が敷設されなかったのではないでしょうか。

岡山臨港鉄道本線の終端にも倉庫があり、こちらは臨港鉄道の側線が実際に敷設されました。
しかし、晩年は、全く貨車が入っていませんでした。

岡山臨港鉄道本線の末端部分は、ネコ・パブリッシング刊
「新・消えた轍9 中国」の岡山臨港鉄道のページに写真があります。

最初の文章で紹介しましたが、三井製糖引込線の末端もかなり長い距離で延伸された線路が敷設されていましたが、恐らくあまり使用実績が無いまま廃止になったと思われます。

県営上屋までの直線上には、岡山臨港鉄道現役時代から現役建築用の海砂を荷揚げする、旧瀬戸内海砂利、現三洋建材の大きな砂山があり、現実的に線路計画地は分断されていました。
三洋建材のショベルローダー 2007年撮影

瀬戸内海砂利時代は、もっと巨大なショベルローダーがいて、幼少時代のボクは、その働く姿に見とれていましたwww
その後、県営上屋までの海側には、玉島海運、日本通運の敷地が並び、荷役用のステキなクレーンが並んでいます。

県営上屋の一番南の端は、岡山港湾運送。
最初にお話した、三井製糖の原料糖を荷揚げする、岡山港でも一番立派なクレーンが、天を貫く勢いで、堂々と設置されています。
岡山県営上屋「福島C棟」と岡山港湾運送クレーン

もしも、ここに線路があったなら・・・

例えば、港町横浜の高島貨物駅の全盛期の空中写真を見てみましょう。

ちなみに、高島貨物駅は、今の横浜駅東口からみなとみらいに至る場所、ちょうどみなとみらい線の新高島駅や109シネマズからアンパンマンミュージアムに至る辺りにありました。
高島機関区を併設した広大な貨物駅で、辺りの埠頭の隅々に何本も貨物側線が伸びていました。
今は、たった一本の貨物線が走るのみ、みなとみらいの再開発で周辺は、見事に変貌しています。
国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省 昭和52年横浜より。

その東高島から伸びる埠頭のひとつの空中写真。並ぶ倉庫に貨物側線が走り、貨車が止まっています。

もし、岡山臨港鉄道が岡山県営上屋倉庫まで延伸されていたら、横浜ほどの規模ではないものの、似たような光景が展開されていたのかもしれません。
岡山県営上屋「福島A棟」2007年撮影

自分の推測が現実なら、カラーコーンが倒れている辺りに線路が計画されていて、荷物の搬入口に貨車が横付けされているであろう。。。
実際、岡山県営上屋への搬入は、海側の搬入口を中心に使われており、搬入口前は舗装もされていないため、「ここは昔の鉄道用搬入口だったんだよ」と言われても信じてしまいそうな雰囲気があります。
(我々廃線鉄道跡をたくさん見た者が感じるいわゆる「線路の臭い」と言うヤツwww)

それに、岡山臨港鉄道があったせいか、いまでも岡山港周辺はたくさんの倉庫代わりの貨車の廃車体があります。
岡山県営上屋「福島A棟」前の白く塗られたワラ1と思われる廃車体。
日本通運敷地にあるワム80000杯車体。
ワム86867番なので、1967年製。走行安定対策前の比較的初期車にあたる。


現実の鉄道貨物が衰退し、岡山臨港鉄道が廃止された今、敷設されなかった線路がある光景を思い浮かべる・・・
嗚呼、なんという遠く遠い、(そして、まったく無駄なwww)想像なのでしょう!!!

計画のみで敷設されなかった鉄道は全国にたくさんあります。
そんな幻の鉄道を求める楽しさを、岡山臨港鉄道と県営上屋というミクロな視点で書いてみました。
ボクの推測と夢想ごっこにお付き合いいただいた文章でしたが、いかがでしょう?



座席収納最終日、そして雪

八王子駅、雪の中の205系!ブレてたwww

岡山臨港鉄道の話題を一回お休みして・・・

横浜線、いよいよ新型E233系6000番台の営業運転デビューまであと2日となりました!
2月2日には、小机、町田駅で展示会もあり、横浜線沿線の鉄ちゃん以外の住人からも待望の新型デビューになりそうです。

そして本日は、205系6扉車の座席収納最終日でした。

「ワム205」と呼ばれた、9時まで座席が収納され、立ち席のみになる6扉2号車でしたが、E233系6000番台が全4扉なことに合わせて、座席収納を止めるそうです。

そして本日は、先週に引き続き関東地方大雪!

横浜線遅れの中で何とか帰ってきた横浜駅では、サンライズ瀬戸・出雲が40分遅れで立ち往生・・・

しかし、車内は満席状態!
何かの本に書いてあったとおり、女子友達の旅行や、家族連れの姿も目立ちます。
みんな、のんびり夜行列車で、多少の遅れなんて気にしない雰囲気で、暖かい社内からホームを楽しそうに眺めていました。

2014年2月14日金曜日

岡山港県営上屋のこと(岡山臨港鉄道の話題) ~その3~

2008年5月撮影。岡山臨港鉄道倉庫。

丸正製粉から先に進みましょう!

丸正製粉を出て踏切を渡り、三井製糖引込線が別れた後、線路は、岡山臨港鉄道の倉庫に至ります。
倉庫手前の踏切の脇に、臨港鉄道気動車の廃車体がありました。
最近まで、キハ5002のような記憶だったのですが、こちらのサイトで見事その廃車体を撮影されていて、キハ3001だったことが判明!

「鉄ちゃん復活への道のブログ」2011年9月27日
「岡山臨港鉄道 キハ3001廃車体」
http://blogs.yahoo.co.jp/tasa04ta/14033783.html

C5520さん、貴重な写真をアップして頂き、ありがとうございます。
いやぁ、この廃車体なんて、記憶の遥か彼方に消えて行くと思っていました。写真が残っていたことは、本当に感動しました。

さて、岡山臨港鉄道の倉庫は今も健在で、この辺りの雰囲気もあまり変わりません。
2007年12月撮影。

さらにさかのぼって、1990年頃の写真。

倉庫は、赤茶系の色に塗られていました。
まだ線路が残っていました。

岡山臨港鉄道現役時代から、この倉庫の前には、貯木場とチップ(おが屑)を船に積み込む設備がありました。

その貯木場で休憩所?倉庫?として使われていたマイクロバスの廃車体。
1990年頃撮影。



 チップ積み込み設備。2007年7月撮影。

チップを積んだ、特殊な深い荷台のダンプカーがスロープを登って、ベルトコンベアで船に積み込みます。
幼少時代はよく積み込み風景を見ましたが、2007年時点で、錆が浮き、あまり使われていないようでした。

貯木場はいつの間にか解体業者の資材置き場に変わり、チップ積み込み設備もいつの間にか無くなりました。現役時代、臨港鉄道倉庫には、必ず有蓋車ワムかワラがいました。

ボクは、幼稚園時代には、ワラ1とワム60000、ワム70000が区別出来る少年でした!
スゴイだろ~(って、全く誉められない自慢話。。。)

ちなみに、これがワラ1、17トン積み有蓋車。

これがワム70000、15トン積み有蓋車。

・・・見た目、ほぼ変わりません!屋根が違う!!
しかし、ワム70000、ワラ1という見た目ほぼ変わらない2種類の貨車の微妙な差違を見事に作り別けて、日本のNゲージ2大メーカー両方で製品化されてるのは、すごい時代になりました!
あ、一昔前、河合商会からは、ワラ1の表記変更だけでワム60000を製品化していましたが。
まぁ、誰も文句無かったでしょうがwww

なかなか県営上屋の話になりませんが、次回につづく!