2021年11月7日日曜日

伯備線貨物列車~その2~



「サンライズ出雲」、特急「やくも」に乗って、岡山に帰った翌日、岡山県北にある、家のお寺を訪ねたりしながら、ドライブがてら新見駅に寄り、新見駅近辺で伯備線貨物列車3082レを撮影してきました!

・・・と、軽く書いていますが、一日に数本の貨物列車、マニアの方が作成してくれた、伯備線のダイヤグラムをプリントして、お寺参りの時間や、同行してくれた親に無理させない範囲で、運転しながら、撮影場所と時間をずっと頭の中で追いかけながらの行程でした。
(仏様、母上、ごめんなさいwww)
そんな、時間も行動範囲も制限がある中、柵が邪魔!!しかも、微妙に、貨物列車のお尻まで写っていない!!!
・・・鉄道写真としては、非常に下手くそな写真ですがご容赦願います。涙

しかし、牽引機関車は、愛知機関区EF641034号機、国鉄色が見えた時には、本当に嬉しかったです!!
既に、たくさんの方が、伯備線貨物列車を追いかけて、伯耆大山や中国山地の山並み、高梁川などの渓流を組み合わせて、素晴らしい写真を残してくださっておりますが、改めて、その努力に頭が下がります・・・

伯備線貨物列車の歴史については、前BLOGに書きましたが、

伯備線貨物列車~その1~

蛇足ではございますが、ボクが鉄道模型で再現した伯備線貨物列車です。
SLの運転が終了し、DD51ディーゼル機関車になった頃の伯備線石灰貨物。
非電化時代の特急「やくも」キハ181系ディーゼル特急との交換。
DFアローさんの「伯備貨物小史」によると、セキ6000形の連結は、1975年頃には終了したそうです。ということは、伯備線非電化時代の普通列車が朱色一色、首都圏色になり始めた頃(※首都圏色は、1975年相模線のディーゼルカーから始まった)には、セキ6000形の連結は無くなっていたことになり、普通列車の交換を再現してみる。
先輩のみなさまが撮影された、伯備線非電化時代の普通列車に必ずと言ってよいほど連結されていた、キユニ18形は、TOMIX製キユニ17で代用。
10系気動車の狭幅断面の凸凹感がいかにも「ローカル線気動車!」という感じでステキ!

そして、ここからは、現実には無かった組み合わせなのですが・・・
もしも、伯備線石灰貨物の牽引が、電化によりEF64形電気機関車に置き換えられたら・・・

伯備線は、1982年に電化されました。特急「やくも」は直ぐに電車化され、381系振り子式特急電車に置き換えられました。
普通列車も多くは115系電車に置き換えられ、貨物列車も、岡山(倉敷)~米子(伯耆大山)間を直通する列車は、EF64形電気機関車により置き換えられました。

しかしながら、足立駅発の石灰貨物は、1986年の廃止時まで、DD51形ディーゼル機関車の牽引だったようです。
詳しい理由は、ボクは知りませんが、同じく新見までの朝夕のラッシュ時に設定されていた、50系による客車列車も最後までDD51牽引だったようなので、国鉄時代の伯備線区間運用は、岡山機関区のDD51が非電化時代のまま運用されていたようです。
(1987年の国鉄民営化、JR以降、岡山機関区にDD51の配置は無くなっています)
途中駅での入れ換え等には、ディーゼル機関車の方が都合がよかったのでしょうか?
EF64牽引の石灰貨物と、381系特急「やくも」の交換。
ホキ7000とEF64の組み合わせも、なかなか似合っているではありませんかwww!
もしも、民営化後、JR時代まで石灰貨物が継続していたら、この組み合わせも現実になったかもしれませんねw

そんな鉄道模型ならではの、妄想の組み合わせをお見せして(と言いますか、ボクとしては、KATOの「伯備線石灰貨物セット」を購入した時から、EF64に牽かせたかったwww)
今日はこの辺で!





伯備線貨物列車~その1~

岡山の少し古い家には、必ずと言ってよいほど飾ってある写真があります。
ボクはその写真を持っていないので、絵を描いてみました。

1973年、伯備線布原信号所の鉄橋を走る、蒸気機関車D51三重連の写真。
当時、全国的にも少なくなりつつあった蒸気機関車に、一種の「郷愁」を求めてか、鉄道マニアのみならず、老若男女問わず、「SLブーム」が巻き起こります。

その対象として、日本全国でいくつかの有名SL撮影地(お立ち台)に、非常にたくさんの人が集まることになりましたが、その一つが、この伯備線布原信号所(現在は布原駅)鉄橋でした。
この貨物列車をもう少し詳しく説明すると、D51三重連が牽引していたのは、布原からさらに2駅伯耆大山駅寄りにある足立駅の「足立石灰工業」から発送される、セキ6000形、ホキ7000形による石灰石でした。

前BLOG、381系特急「やくも」に乗ってきました!でも掲載しましたが、足立駅の専用線は廃止になりましたが、「足立石灰工業」さんの工場は、いまでも盛業中ですw

発送先は、兵庫県の姫路から瀬戸内海方向に分岐していた、通称飾磨港線(正式には播但線の一部)の終点、飾磨港駅の日本製鉄瀬戸内製鉄所でした。

当時のD51三重連から、石灰石貨物廃止までの伯備線貨物の歴史と、素晴らしい写真が掲載された、DFアローさんの「伯備貨物小史」をご紹介させていただきます!


伯備線には、現在でも、伯耆大山駅まで、定期3往復、臨時を入れると4往復の貨物列車が設定され、伯耆大山にある王子製紙米子工場の貨物を主として、陰陽連絡幹線として、伯耆大山に集約されたコンテナ貨物を、国鉄型電気機関車EF641000番台牽引で、運んでいます。
少し前まで、米子駅に隣接した米子貨物駅を起点として、様々な車扱貨物や、最近でも、コキ71によるカーラック輸送など、バラエティに富んだ貨物を見ることができました。

ボクも、地元岡山でもあり、幼少時から、高梁川に沿った中国山地の大自然を走る、魅力的な貨物列車を、何度か見てきました。
いよいよ、EF641000番台も新型機関車への置き換えの噂も聞こえてきましたので、改めて写真を撮りに行ってみました。

ということで、ここで次回に続く!





2021年11月3日水曜日

381系特急「やくも」に乗ってきました!

 

帰省がてら、最後の国鉄型定期特急列車、381系特急「やくも」に乗車してきました!
1982年の伯備線電化から、振り子式車両381系が導入され、走り続けて40年余り・・・
2021年3月13日のダイヤ改正で、JR東日本の185系特急「踊り子」が引退し、気が付けば、国鉄特急型車両を使用する、最後の定期特急列車になってしまいました。。。

いやぁ、ブルートレイン世代のボクらとしたら、「国鉄特急」といえば、「L特急」!
この「電気釜」とも呼ばれる、485系(489系)、183系(189系)、そして振り子式の381系!!

2018年新宿で撮影したリバイバル特急色の189系。
少し前まで首都圏でもよく見られたし、リニューアルされた485系が東北でも走っていたので、まさか特急「やくも」が最後になるとは思っていなかった。。。

・・・とはいえ、コロナ禍で感染者は日に日に増して、緊急事態宣言が発令されている状況が続き、いざ、県境を越える移動や旅行が制限される状況になればなるほど「岡山に帰りたい」という思いは募るばかり・・・

そんな「ステイホーム」な状況で、せめて鉄道模型で381系を購入!
特急「やくも」への熱い思いを馳せた動画が、こちらですw
やっとコロナも少し収まってきて、親とも約2年会っていないし、「そろそろ帰ろう!」と決心したボクは、もちろん!?特急「サンライズ出雲」の出雲市行きの切符を予約したのでしたw

ということで、旅の始まりは、「サンライズ瀬戸・出雲」から。



前回、2019年は、のびのび座席でしたが、今回は熟睡したかったし、少し奮発して、B寝台シングル個室!
東京から乗りましたが、神奈川県民としては、やはり「崎陽軒シウマイ弁当」!

そして、新幹線以外で煙草が吸える唯一の列車になっちゃいましたね。
今は喫煙個室内だけですが、数年前までは、喫煙車デッキにも灰皿がありました。

「ななつ星」「四季島」「瑞風」など、観光クルーズ列車もがんばってほしいですが、サンライズ号のように、切符だけで思い立った時に(って、予約するの大変だったりしますが・・・)移動手段の選択肢として、定期夜行列車に乗車できることは、本当に幸せだと思います。
うーん、新幹線至上主義のJR〇海は嫌がるだろうけれども、関西、九州、東北などに新幹線を補完する形で、値段を新幹線並みに抑えて走らせれば、けっこう需要はあると思うのですが。。。
「旅情」なんて関係ない!高速バスで安く移動できればいい!という人もいるんだろうけれども・・・。
とはいえ、この「サンライズ」も、数年後の車両更新時期とか、リニアが開通する頃とか、いつ無くなるかわからない。
できる限り、乗れる時に乗っておきましょう。
さて、心地よいジョイント音と揺れに身を任せながらおやすみなさい。

おはようございます!岡山駅、6:27着。
みんな大好き、「サンライズ瀬戸」と「サンライズ出雲」の切り離し作業。
先頭から7両は、切り離されてそのまま6:31発「サンライズ瀬戸」として発車していきます。
そういえば、ボクは、岡山までは、ブルートレイン「瀬戸」時代を含めて何回も乗っているし、実は出雲市までは、以前にも何度か乗っているのだが、ふと考えると、瀬戸大橋を超えて、高松まで乗っていない。。。
次回こそ・・・(←いつ?)

「サンライズ出雲」は、6:34岡山発、倉敷からは、朝霧のかかる高梁川沿いに伯備線を走ります。

足立駅では、1973年大ブームになった「伯備線D51三重連」の発送元である「足立石灰工業」が盛業中であることを確認!



途中、上石見で特急「やくも」と交換。

伯耆大山では、こちらもいつまで見られるかわからない、EF641000番台貨物を確認!

そして、「サンライズ出雲」は、終着、出雲市駅に到着しました。

出雲市駅も何度か来ておりますが、高架化されて、変わりましたね!
ちょうど前のBLOGで、1992年急行「だいせん」に乗車した出雲市駅地上時代の写真を掲載しておりました。

ブルートレインLED化大作戦!!~その4 急行「だいせん」の思い出~

「神有月」に出雲市駅!
とりあえず、駅の中の「出雲の國 麺家 JR出雲市駅店」でおそばをいただきましたw

そして、いよいよ!!特急「やくも14号」出雲市10:31発!!
この少し不格好な増設貫通扉も、「やくも」の特徴と言えば、特徴なのですが、ボクは381系100番台の貫通扉のないつるんとした顔が好きですね。

クモハ381-501(自由席)∔モハ380-78(指定席)∔サハ381-230(指定席)∔クロ381-130(グリーン席)の「ゆったりやくも」パノラマ無しの4両編成。
一昔前の、7両や9両の長編成時代から比較すると、かわいいというか、寂しい編成ではあります。

指定席を取ったので、モハ380に乗りましたが、自由席の先頭車で、いろいろな席を楽しんでも良かったかなー、というくらい、まぁ、コロナの影響もあると思いますが、出雲市出発時点では、心配になるくらいガラガラの乗車率でした。
ただ、松江、米子で、6割程度の席は埋まりました。
車内は、客席がデッキ(乗降口)よりも数センチ低くなっているのが、重心を低く抑えようとした振り子式電車の特徴。
381系で実用化された、「自然振り子式」の乗り心地については、「車酔いを起こしやすい」という酷評も聞くし、実際に小学生のころ、いとこが特急「やくも」に乗って、完全に酔ってしまった話も聞いていた。
ボクも、実は幼少時に何度か乗っていたのだが、今回改めて乗ってみて、恐らく伯備線の線路路盤も強化されているのもあるだろう。
正に「振り子式」を最大限に発揮して、曲線でもスピードを落とすことなく、
「タタッ、トトッ、タタッ、トトッ、タタッ、トトッ・・・」
と、普段乗っている電車と比較しても、非常に軽やかな走りであった!!
非常に快適で、うとうと眠気を催していると、あっという間に、13:38岡山着。
岡山に着くとすぐにヘッドマークが「回送」になってしまった。。。涙

本当にあっという間の381系特急「やくも」の旅でした。
寂しくて待っていたら、引き上げ線で再び「やくも」のヘッドマークを出してくれた!
八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を

「古事記」に出てくる、スサノオノミコトが、ヤマタノオロチを倒した後、クシナダ姫と一緒に新居を建てる、満ち足りて平穏な気持ちを詠った、日本最古の和歌だそうです。

「八雲立つ」は、「出雲」にかかる枕詞となりました。
そこから取られた、由緒正しき列車名「やくも」。

JR西日本では、来年度にはこの特急「やくも」に新型車両を導入すると発表しています。
今回は、出雲滞在が超短時間だけだったので、可能であれば、出雲大社参りなども兼ねて、もう一度ゆっくり乗りたいし、中国山地の大自然の中を走る姿も撮っておきたい。
381系よ!末長い活躍を!!